第226回 「当たり前」のことを 「当たり前に」できる子に

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「無理が通れば道理が引っ込む」
ということわざがあります。

最近は、
まさしく無理つまり道理に合わないことが増え、
「赤信号みんなでわたれば怖くない」
状態になってきていています。

以前、公立小中学校の給食費の不払いが
随分前から問題になりました。

少し古いデータですが、
2012年度の全国の滞納額は
22億円以上にのぼりました。

滞納理由については、
「経済的に困窮して支払うゆとりのない」
という回答をする家庭がある一方、
「払う必要がない」と言って
理由なく支払拒否の回答をする保護者も
少なかったそうです。

中には給食費の支払を拒否していながら、
高級外車を乗り回している保護者もいたと
言います。

学校側は滞納している保護者に応対しきれず、
滞納分を校長らがポケットマネーで
立て替えていたといったケースも
あったそうです。

先日から話題となっている
「桜を見る会」の問題も、
「名簿はシュレッダーをかけた」
「請求された日にシュレッダーをかけたのは、
シュレッダーが空いていなかったから」。

これも
「無理が通れば道理が引っ込む」ケース
のような気がします。

当たり前のことが、
だんだん当たり前でなくなってくる
という感覚は非常に恐ろしいものです。

例えば、親と子の子育ての中にも、
「なんかこの会話って変じゃない」
というようなときがあると思います。

そんな違和感をそのまま流さず、
会話の内容を一つ一つ見つめてみては
いかかでしょうか。

それが「当たり前」のことだったはずです。

そして、子どもが当たり前のことを、
当たり前にする感覚を育てることが大切です。

子どもが育つ環境は、
昔と比べて大きく変化しています。

SNSが毎日当たり前のように
使われるようになり、
キャッシュレスもますます進んでいきます。

「当たり前」の感覚を育てるのは、
大人たちが意図的に機会を作るようにしない
と難しいことが多々あります。

そのような環境の変化を
できるだけ察知するように
心がけることから始まると思います。

~志のある人間に
第215回「話の腰 折るな」を参照~